AI秘書アリア ラボ
AI秘書と動かす仕事の、実物の運用記録

相手の言葉は、原文を開くまで確定しない

ある取引先に出す資料に、私はこう書いていました。

「この点について、二つのご意見が正面から食い違いました」

送る直前の点検で気づきました。先方は、食い違うような意見を一度も出していません。候補をいくつか並べて見せてくれたのです。

対立していたのは、こちら側でした。作業を分担させていたAIの片方が案を推し、もう片方が別の案を推した。その検討の記録が、要約の段階で「先方のご意見」という顔をして資料に載っていたのです。

出す前に見つけたので事故にはなりませんでした。でも、これが出ていたらどうなっていたかは想像がつきます。相手は自分が言っていないことを言ったことにされている。その一文を見つけた瞬間に、資料の残り全部が疑わしくなります。中身の良し悪し以前の問題です。

相手が言っていない言葉ほど、自然な日本語で載る

厄介なのは、この手の文が読みやすいことです。

「二つのご意見が正面から食い違いました」は、文章として破綻していません。むしろ、状況をよく整理した一文に見えます。だから読み返しても引っかからない。誤字なら目に留まりますが、こういう文は素通りします。

私が気づけたのは、たまたま出どころを確かめる工程を後ろに置いていたからでした。その点検で確定した誤りは数十件あり、その中でいちばん重かったのがこの型です。

なぜ重いか。他の誤りは、こちらが直せば済みます。数字の計算違いも、体裁のずれも、直せば元に戻ります。でも「相手の発言の作り変え」だけは、相手の記憶と衝突します。訂正しても「あの会社は人の話をちゃんと聞かない」という印象のほうが残ります。

混ざる理由は、3つの層が同じ見た目で並ぶこと

なぜこんなことが起きるのか。作業ログを見返して、構造がわかりました。

資料に載る文の出どころ
① 相手の原文 ── 先方が書いて送ってきたメールや資料
② こちらの指示 ── 私がAIに渡した依頼文
③ 途中の検討 ── AI同士がやりとりした案と、それへの反論

この3つは、作業ログの中で同じ字面のまま上から下へ並んでいます。色も枠も付いていません。要点をまとめるときに層の区別が真っ先に落ちて、③が①の顔をして出てきます。

人間の会議でも同じことが起きます。議事録を書くとき、相手が言ったことと、こちらが会議後に思いついたことが、一枚のメモの上では区別なく並びます。数日たってからそのメモで資料を作ると、思いつきのほうが相手の発言欄に収まっている。

AIを何台か動かすと、この③がとても増えます。案を出させて、別のAIに検討させて、比較させる。その全部がログに積み上がる。良い進め方だと思ってやっているのですが、そのぶん「相手が言っていない言葉」の在庫も増えているわけです。

要約は、出どころが最初に落ちる作業

要約は情報を圧縮する作業です。圧縮するとき、何から捨てるか。

中身より先に、出どころが落ちます。

「先方から届いたどのメールの、何段落目に書いてあったか」という情報は、要約の目的から見れば余分です。だから真っ先に削られる。残るのは中身だけになります。

原文 → 要点メモ → 資料の文。この2回の書き換えを通ると、どの文がどこから来たのかは、もうどこにも書かれていません。読み返すたび、自分の頭の中で「これは相手が言ったこと」というラベルを貼り直しています。そのラベルは、思い出しているのではなく、その場で作っています。

私は自分の記憶をあまり信用していません。作るところは楽しくやれるのに、その後どうなったかを覚えていられないタイプです。だから、記憶を鍛える方向ではなく、記憶を使わずに済む手順のほうを作りました。

引用する文だけを抜き出して、1件ずつ原文に当たる

いま私がやっているのは、単純な作業です。相手の発言を要約したり引用したりする文を書いたら、原文のファイルを開いて、その箇所を目で見る。記憶で書かない。

手順にすると3つです。

① 相手の発言を指す文には、下書きの段階で出どころを控えておく(どのメールか、どの資料の何ページか)
② 出す前に、出どころを控えた文だけを抜き出して、1件ずつ原文に当たる
③ 原文に当たらない文は、消すか、「こちらの解釈です」と書き換える

いちばん大事なのは③です。裏が取れない文を「たぶん合っている」で残さない。

ここで作業が止まりがちなのですが、消すのがいちばん速い解決です。相手の発言として書けないなら、こちらの主張として書けばいい。「先方は◯◯を懸念されていました」が裏取りできないなら、「◯◯は懸念点になり得ると考えました」に変える。それで資料は壊れません。むしろ、責任の所在がはっきりして読みやすくなります。

抜き出す作業は機械的にやれます。「とおっしゃっていました」「というご意見でした」「ご指摘のとおり」「先方は」——こういう言い回しを検索すれば、確認すべき文はほぼ集まります。

相手が見ていない版を「前回のもの」と呼ばない

同じ点検で、もうひとつ大きな型が出ました。こちらは20か所以上ありました。

資料の中に「前回の版では」「前にお出しした案では」という比較が並んでいたのです。ところが、そこで比較されている版を、先方は見ていません。

複数のAIに書かせると、途中の版が何本もできます。案を出し、直し、また直す。作っている側の頭の中では、それが「前の版」です。でも相手が持っているのは、実際に提出した1本だけ。それ以外は存在しないのと同じです。

すると資料は、見たことのない原稿を前提にした説明になります。読む側は何と何を比べられているのかわからない。親切のつもりで書いた比較が、そのまま混乱の元になります。

さらに悪いことに、呼び方が散らかっていました。「旧稿」「前稿」「現行版」「前回ご提出した版」「前次稿」「前回の次稿」。数えたら6通りありました。同じものを指しているのに、書き手ごとに言い方が違う。読む側は、別々のものが6つあると思います。

悪い書き方 ── 「前回の版では手順を7つにしていましたが、今回は6つに絞りました」(相手はその7つの版を見ていない)
良い書き方 ── 「今回の版は手順を6つにしています」(比較そのものを消す)

比較の相手が相手の手元にないなら、比較ごと消す。いま出しているものが何をしているかだけ書けば、それで伝わります。

指示の冒頭に「相手が持っているのはどの版か」を書く

対策の本体はこれです。事故のあと、AIへの指示文の先頭に1行足すようにしました。

こう書きます。

「先方の手元にあるのは、前回提出した版だけです。それ以降にこちらで作った版を、先方は見ていません。比較してよいのは前回提出した版とだけ。呼び方は『旧稿』に統一します」

固定するのは次の3つです。

・相手が持っている版はどれか
・比較してよい相手はどれか
・その版を何と呼ぶか(1語に固定する)

3つめが地味に効きます。呼び方を1語に決めておかないと、書き手が変わるたびに言い方が増えます。人間の外注さんに頼むときも同じで、こちらが呼び方を決めていなければ、相手は自分の呼び方で書きます。責めるところではありません。決めていないほうの落ち度です。

同じ理屈で、ファイルの置き場も分けました。「先方に出した版」と「こちらの作業版」を同じフォルダに入れない。並んでいると、また混ざります。物理的に離すのがいちばん確実でした。

相手から渡されたものが、いつでも正

ここまでの話は、ひとつの原則に集約されます。

相手から送られてきたデータ・メール・指示書が最優先。こちらの記憶も、タスクの記録も、過去に自分で作った資料も、その下です。

食い違ったら、相手のものを採ります。こちらで作ったもののほうが良くできていても、相手の原本と違うなら、こちらを捨てる。

理由は単純で、相手が送ってきたものが、その時点での最新の意思決定だからです。こちらのタスクの記録は、その決定より前の世界のまま止まっています。よく整ったタスクの記録ほど、疑わずに使ってしまうので、かえって危ない。

なので、自分の記録を見ていい場面と、見てはいけない場面を分けています。

・自分の作業がどこまで進んだかを思い出す → タスクの記録を見てよい
・相手が何を言ったか、何を決めたか → 原本だけを見る

この線を引いておくと、迷いません。相手の意思が関わる話は、いつでも原本まで戻る。この決まりです。

AIを使っていなくても、同じことが起きている

書きながら気づいたのですが、この構造はAIとのやりとりに限りません。

・打ち合わせの数日後にメモから議事録を書く。自分の解釈が相手の発言として混じる
・「たしか予算は◯◯とおっしゃっていた」で見積もりを作る。メールを開けば数字が書いてある
・「前にお送りした資料のとおり」と書く。本当に送ったかは送信済みを見ればわかる

どれも確認に1分もかかりません。それをせずに書くと、相手は「言った覚えのないこと」を前提に話を進められることになります。相手の側で発生する確認の手間は、こちらが1分をけちったせいで生まれています。

AIを入れると、この構造が速く大量に回るようになります。新しい問題が生まれたわけではなく、もともとあった穴が広がりました。だから対策も新しいものではなく、昔からある「出典に当たる」をどこに置くかという話になります。

私の運用は、いまこの4つ

・相手の発言を指す文は、下書きの段階で出どころを控える
・出す前に、その文だけを抜き出して1件ずつ原文に当たる。当たらない文は消すか、こちらの意見として書き直す
・指示の冒頭に「相手が持っている版」と「その呼び方」を1行で書く
・相手の原本と自分の記録が食い違ったら、原本を採る

特別な道具は要りません。書き始める前に、やることを決めておきます。

この4つを入れてから、出す直前に冷や汗をかく回数が減りました。注意力に頼らない場所へ確認を置いたためです。

今日、ひとつだけやるなら

いま手元にある「相手に出す予定の文書」を1つ開いて、相手の発言を指している文を1つだけ探してください。見つけたら、その元になったメールか資料を開いて、同じことが書いてあるか確かめてください。


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この記事を書いた人

AI秘書と仕事を運用しています。

AI秘書のアリアと、製造役のもう1台のAIに、仕事の大半を渡しています。
私がやるのは、最後に決めることと、外に出す言葉を選ぶことです。

目指しているのは、稼ぐことそのものより、日々の面倒な確認や手戻りを減らして、家族と過ごす時間や休む時間を増やすことです。

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