手順書の古い記述が、いちばん危ない
自分で書いた手順書を開いて、その通りに進めようとしていました。
上から順に読んで、書いてある値段を資料に写そうとしたところで、作業が止まりました。画面に出ている実際の値段と、手順書に書いてある値段が違っていたのです。
おかしいと思って、その手順書を頭から読み直しました。古い記述が、4か所ありました。
どれも、私が自分で書いたものです。しかも、書いた日にはどれも正しかった記述です。
古かったのは4か所。種類がぜんぶ違った
手順書に残っていた古い記述
① 値段 ── いま出している金額と違う数字が書いてあった
② 公開状態 ── 「まだ出していない」が、出したあとも残っていた
③ 1日にできる数の上限 ── 実際に通る数と食い違っていた
④ やってはいけない操作 ── 昔は正しかったやり方が、そのまま残っていた
4つに共通しているのは、書いた時点では正しかったということです。誰かが間違えて書いたものは、1つもありません。
種類は全部ちがいます。①と②は「そのとき変わる情報」です。③は相手側の仕様が変わった話です。④は前提が変わったのに、手順の文章だけが残った話です。
④について、もう少し具体的に書きます。ある画面には、書いてある文章をまるごと入れ替える手順があります。手順書の説明は「こう選んで置き換える」。ところが、その選び方では置き換わらず、後ろに足されるようになっていました。前は消してから貼る前提だったのが、途中で変わったのです。
私はその手順書の通りに操作して、文章を3倍に増やしました。手順書があったのに事故を起こした、というより、手順書があったから事故を起こしました。
古い記述は、間違いとして生まれない
ここが厄介なところです。
古い記述は、書いた瞬間には正しいのです。正しいから自信を持って書きます。そして時間が経って、事実のほうが動きます。文章は動きません。
だから、書いた本人が読み返しても違和感がありません。自分で書いた覚えがあって、書いたときの根拠も思い出せるからです。「これは前に確認したやつだ」という記憶だけが残っていて、その確認がいつだったかは残っていません。
間違いは疑えます。古い記述は疑えません。
そしてもう1つ。手順書をAIに渡して作業させるようになってから、この問題の速度が上がりました。人間なら「あれ、値段こんなだったかな」と一瞬止まります。AIは止まりません。書いてある通りに、すぐ実行します。
古い記述の危なさは、書いてある内容の危なさではなく、実行までの速さの危なさです。
「できない」と書いてあったせいで、やらずにいた
もう1つ、性質のちがう古い記述が出てきました。
ある画面について、私の手順書には「ここは、いまどこが選ばれているのか見分けられない」と書いてありました。だから毎回、勘で操作していました。うまくいかない日もありました。
実際に画面を開いてよく見たら、見分けるための表示がちゃんとありました。押せる場所の文言が、選ばれている場所だけ変わっていたのです。
いつからそうなっていたのかは分かりません。私の手順書がずっと「できない」と言い続けていたことは分かります。
古い記述は、やり方を間違えさせるだけではありません。できることを、諦めさせます。
そしてこちらのほうが見つかりません。間違ったやり方は失敗して気づきます。諦めは失敗しません。何も起きないので、記録にも残りません。
だから、手順書に「できない」「不可能」「対応していない」と書いてある行は、定期的に疑うことにしました。書いた日から時間が経っているものほど疑います。
メモの番号が、原本と1つずれていた
いちばん肝が冷えたのは、契約の話です。
ある取引先との契約について、私は自分用のメモを作っていました。どの条項が何を定めていて、どこに気をつけるべきかを、番号つきで整理したメモです。
そのメモには「この番号の条項は、こちらに関係のない内容だから触らなくてよい」とあります。
条件を変更する話をする直前に、原本を開いて、頭から最後まで通しで照合しました。念のためのつもりでした。
番号は、1つずれています。
触らなくてよいと思っていた番号の条項は、まったく別の内容でした。そして、本当に確認が要る条項のほうには、こちらを守る一文が入っていませんでした。似た形の条項が並んでいるのに、片方にだけある文が、もう片方には無かったのです。
メモを信じたまま話を進めていたら、その穴を残したまま、変更の合意まで進んでいました。
自分のメモが悪いのではありません。メモは「どこを見ればいいか」を教えてくれる索引としては優秀でした。実際、そのメモがあったから、どの条項を見比べればいいかは分かりました。
索引としては使える。根拠としては使えない。この線を引き間違えていました。
大事な話の前には、原本を開く
そこから、自分のルールを1つ増やしました。
お金・責任・期限が動く話をするときは、必ず原本を開いて、自分の目で照合します。メモを根拠に文書を書きません。
具体的にはこの5つを、メモから写さないことにしました。
・値段
・日付
・番号(条項番号、注文番号、版数)
・条件(数量、範囲、期限)
・名前(正式な表記)
この5つは、原本から写します。写したあとに、もう一度原本と突き合わせます。2回目は自分で読むのではなく、原本の文字列とこちらの文字列を機械に比べさせています。目で追うと、見たいものが見えてしまうからです。
AIに文書を書かせるときも同じです。渡すのは、要約したメモではなく原本のほうです。メモを渡すと、メモに書いていないことは存在しないものとして書き上がってきます。しかも、それらしい文章で仕上がってくるので、読んでも気づけません。
矛盾は、その場で古いほうを消す
古い記述を見つけたあと、どう直すかで結果が変わります。
やりがちな直し方 ── 古い行を残して打ち消し線を引き、下に「※現在は違います」と足す
いま私がやる直し方 ── 古い行を本文から消して、別のファイルへ移す
上のほうが親切に見えます。経緯が残るので、あとから追えるようにも思えます。それでも私は下にしました。
理由は単純で、急いでいる人は最初に目に入った行を読むからです。手順書を開く場面というのは、たいてい作業の直前です。落ち着いて全文を読む場面ではありません。上に古い行があれば、それを読んで動きます。※から下は読まれません。
AIに読ませたときも同じでした。注記は読み飛ばされて、消したはずの記述のほうが指示として通ります。しかも人間より速く実行されます。
打ち消して残しても、記録したことにはなりません。二重に置いたことになります。
なので、こう決めました。
・本文には、いま正しい記述だけを置く
・古い記述は消す。ただし捨てずに、別のファイルへ移す
・移すときに、日付と「なぜ変えたか」を1行だけ添える
3つ目があるので、経緯は失われません。「なぜ前はこう書いていたのか」を見返したくなる日は本当に来るため、その日に読む場所と作業直前に読む場所を分けました。
手順書に「状態」を書かない
4か所を直したとき、書き方そのものも変えました。
原因を見ていくと、古くなっていた記述の多くは「手順」ではなく「状態」でした。値段、公開しているかどうか、いま何本あるか、期限がいつか。これらは手順書に書いてあっても、手順書の更新とは無関係に変わります。
そこで分けました。
手順書に書くのは、手順だけ ── 順番、押す場所、詰まったときの回避方法
タスクの記録に書くのは、状態だけ ── 値段、公開状態、数、期限
手順書のほうには「値段はタスクの記録を見る」とだけ書いてあります。数字を書き写した時点で、直す場所が2つに増えるからです。
この分け方をしてから、手順書の寿命が伸びました。手順そのものは、そんなに頻繁には変わりません。頻繁に変わるものを追い出したら、更新が要る回数自体が減りました。
作業の前と後に、手順書を触る工程を入れる
ここまで書いたことは、気をつけるでは動きません。工程に入れないと、やりません。
私が入れているのは2つだけです。作業前に読む。作業後に足す。
① 作業を始める前に、対応する手順書を開いて読む
② 書いてあることと、いま画面に出ている実物が食い違っていたら、作業に入る前にそこを直す
③ 作業が終わったら、詰まった箇所と新しく分かったことを、手順書の該当箇所に足す
④ 古くなった記述は本文から消して、退避用のファイルへ移す
肝は②です。食い違いを見つけたときに「あとで直す」と思うと、作業が終わったころには忘れています。そのときの自分は、目の前の作業のほうに気を取られているからです。
だから、直すのを作業の前に置きました。直すまで作業を始めません。作業を続けられないので、その場で直すほうが速い、という状態を作っています。
そのままAIに渡している指示文
この工程は、AI側にやらせています。実際に使っている指示文をそのまま置きます。
作業を始めるとき。
「この作業に対応する手順書を開いて、内容をそのまま読み上げてください。読んだ内容と、いま画面に出ている実際の状態が食い違っていたら、作業に入る前に、食い違っている箇所だけを一覧にして出してください。」
作業が終わったとき。
「今日の作業で、手順書と違っていた点、新しく分かった詰まり所、次に同じ作業をする人が知っておくべきことを、手順書の該当箇所に足してください。古くなった記述は、注記を足すのではなく本文から消して、退避用のファイルへ移してください。」
2つ目の後半、消して移すところまで書かないと、足されるだけになります。足されるだけの手順書は太っていきます。太った手順書は読まれません。読まれない手順書は、無いのと同じです。
そして、更新されない手順書は、無いより悪い状態です。無ければ画面を見に行きます。あれば、書いてあることを信じて動きます。
手順書が無い作業は、事故が起きるまで気づかない
古い記述を洗い出したついでに、手順書そのものの確認もしました。
手順書が存在しない作業が、いくつか出てきました。どれも何度もやっている作業です。頭の中にあるから、困っていなかっただけでした。
見つけ方は、この3つで当たりがつきます。
・何度もやっているのに、手順書が無い作業
・自分ひとりしかやり方を知らない作業
・前回どうやったか思い出すのに、5分かかる作業
3つ目が分かりやすい目印です。思い出すのに5分かかっているなら、その5分は毎回かかっています。
書くときに完璧を目指すと止まるので、粒度は決めています。次に自分が読んで再現できればそれでよし。清書はしません。作業した日のうちに書きます。あとで書こうとしたものは、書かれません。
それでも、手順書は資産です
最初に4か所の食い違いを見つけたとき、正直「もう手順書は信じない」と思いました。
でも、逆でした。
手順書があったから、値段の食い違いに気づけたのです。書いてある数字と画面の数字を見比べる場面が生まれたから、作業が止まりました。何も無ければ、画面の数字を確認しようとも思わず、記憶で資料に書いていました。
危ないのは手順書ではなく、更新の工程が無い手順書です。
だから私は、うまくいった手順も、外した手順も、両方残しています。外したほうの記録のほうが、次に読む自分をよく助けます。「この方法は試して駄目だった」と1行あるだけで、同じ半日を使わずに済むからです。
残っているものが古くなるのは、避けられません。避けられるのは、古いまま置きっぱなしにすることだけです。
今日、ひとつだけやるなら
自分が書いた手順書やメモを1つだけ開いて、その中に書いてある「数字」を1つ選んでください。値段でも、期限でも、個数でも構いません。
その数字が出ている実際の画面を開いて、突き合わせてください。違っていたら、古いほうの行を消して書き直してください。打ち消し線や注記で残さず、消してください。
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この記事を書いた人
AI秘書と仕事を運用しています。
AI秘書のアリアと、製造役のもう1台のAIに、仕事の大半を渡しています。
私がやるのは、最後に決めることと、外に出す言葉を選ぶことです。
目指しているのは、稼ぐことそのものより、日々の面倒な確認や手戻りを減らして、家族と過ごす時間や休む時間を増やすことです。